school.19.04.01.02-フロイトの父(1)

社会的な愛情の希薄が。。人を病気に
する。。あり得るが。。君はそれを母
の愛情の希薄さにいいかえる。。社会
と。。母の愛情が希薄だから病気にな
る。。

しかし。。フロイトはそうは言ってい
ない。。05才前後のエディプス期に。。
親離れが失敗すると。。将来病気にな
る。。と言っている。。

親離れできない原因が。。母の愛情の
多い。。少ない。。だろうか。。確か
にこれはあるが。。軽い神経症の場合
だと思う。。

重い場合は何か。。子の近親相姦願望
の強さ。。だと思う。。愛情の過剰が
。。精神病を生む。。近親相姦関係の
否定。。に逆らうからだ。。

母の愛を信じているから。。或いはそ
れが。。親離れの動機になる。。現実
と出会った時。。それがあるかないか
で。。将来。。病気になったり。。成
らなかったりする。。

その母を信じる度合いは。。母の愛情
の寡多にある。。母の愛情が少なけれ
ば。。心に空虚ができる。。将来その
空虚を感じ始めた時が。。病気の始ま
りだ。。

んー?!

昨日から。。少し混乱している。。

母の愛情が多くても病気になる場合が
ある。。母の愛情が少なくても病気に
ならない場合がある。。と。。おれは
思っている。。

母の愛情の元で安らげるなら。。現実
から逃げるだろう。。母の元へ。。逃
げ帰るだろう。。逆に。。安らげない
なら。。母の元から出ていく。。こと
になる。。

子が親離れするのは。。母を信じる心
があるかどうかではなくて。。母の元
での安らぎ。。癒しを求める心の強さ
にある。。となる。。

現実には。。母の元での安らぎ。。癒
し以上のものがある。。と考えざるを
得ない。。或いは。。それを禁止して
いる。。社会的に。。と考えざるを得
ない。。

母と子の一体性。。安らぎ。。癒し。。
を。。断ち切って。。現実と向き合う
動機は何か。。父との同一化。。だと
。。フロイトは言う。。

母を信じる心があったとしても。。現
実へ出ていく動機にはならない。。母
のもとで安らげるなら。。一生そこに
いればよい。。と言うことにならない
か。。

母。。或いはその代理物の元へ帰って
いく動機が。。安らぎなら。。母の元
から出ていき動機は何か。。君の理論
にはフロイトの父が欠けている。。

社会は欲望のるつぼだ。。そして人は
欲望の塊だ。。自我は自分の欲望の中
心にある。。自我の社会化とは。。欲
望の実現。。自分と社会の。。意味と
価値の獲得。。ではないのか。。

これは父の別の側面。。愛情の希薄な
社会の反面でもある。。愛情が希薄に
なった原因と同一化する必要がある。。
と思う。。そして。。そちらの動機の
方が強い。。と考える。。

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