school.19.04.09.01-フロイトの父(4)

主客未分の状態。。精神医学では母と子
の一体性だ。。主客分離の状態。。精神
医学では父と子の同一性だ。。なぜ。。
主客未分の状態に理想的なものを想像す
るのかな。。おれにとっては。。それは
狂気であり。。邪悪の本質だ。。

現実が苦しいから。。言葉以前。。言葉
は主客を分けるものだ。。に安らぎを求
めるのだろうが。。そこは。。現実以上
に苦しいものだ。。あるいは。。精神病
者は。。それに触れるから。。発症する
。。触れたから。。精神に異常をきたし
た。。とも考えられる。。

もちろん。。主客未分化の場所が。。安
らぎの場合がある。。母も菩薩と鬼女の
両面を持っているから。。しかし。。菩
薩に触れる場合は。。精神医学では軽い
症状。。神経症とかうつ病の場合だ。。
そして。。精神疾患はその場合がほとん
どだ。。うつ病と精神病では。。1:30
だから。。精神病の患者に出会う場合は
まれだ。。が。。その時の治療には注意
が必要です。。

精神医学に宗教性。。愛。。Love。。を
持ち込む人は。。うつ病を対象にしてい
ると考えた方が良い。。精神病では逆に
なる。。愛の過剰は。。精神病を悪化さ
せる。。精神病では。。善悪の価値基準
そのものが。。主客の未分離。。男女の
未分離。。等々。。と同じように。。解
体されている。。彼らに必要なのは。。
父との同一化。。自分と一致する。。社
会的欲望の発見。。体系化。。と物象化
です。。

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school.19.04.04.02-フロイトの父(3)

なるほどね。。一年半か。。
一昨年の暮れに事故して。。
後遺症でしんどくて。。く
すりのODが始まって。。家
計を圧迫し始めた。。体力
が回復し始めて。。ようや
く先が見えだした。。か。。

母と子の愛情を。。父が否
定して。。虚無が生まれる
なら。。虚無を埋めるもの
は。。愛情ではなくて。。
カオスな欲望だ。。

父の否定は。。社会へ自我
を開かせ離ためでも。。タ
ブーだけではなく。。ある
。。社会は。。カオスな欲
望のるつぼだから。。そし
て自我はその人の欲望の中
心にあるから。。虚無は。。
社会の欲望と自我の接点。。
欲望の体系化と物象化によ
って埋まる。。

父を。。社会的な言語体系
と考えれば。。欲望を体系
化し物象化する手段は言葉
だ。。そうだとすれば。。
その作業は。。その人の。。
社会的な。。人間的な意味
と価値を得ようとる作業で
もある。。男の。。女でも
いいが。。最高の欲望は。。
古今東西。。天下取りだ。。

もともと。。文字の使用は
支配階級の証だった。。自
他を分け。。他を否定し。。
支配する。。ラカンは虚無
の原因を言葉の不在に置く
。。虚無の解決に欲望を置
くが。。言葉と欲望の関係
が。。もう一つ分からない
。。父は社会的な言語体系
だ。。社会は欲望のるつぼ
だ。。とすれば。。言葉は
欲望という部分で部分的に
結び付くとになるが。。

社会をどう規定しているの
だろうか。。父のファルス
との同一化。。か。。本能
は壊れている。。か。。す
ると。。言葉による本能の
欲望への転換と。。言葉に
よる欲望の体系化か。。カ
オスなのは言葉でなくて。。
欲望。。か。。

んー?!

 

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school.19.04.02.02-フロイトの父(2)

愛情が足りない。。と。。愛
情を禁止している。。と。。
同じ欠如だが。。対処が違う
。。前者は愛情を足せばよい
が。。後者は愛情を否定して
いるから。。愛情以外のもの
になる。。

愛情を否定したのは父だ。。
父はその答えを持っているこ
とになる。。父を社会的な言
語体系と考えれば。。それは
言語の意味。。となるだろう
。。そしてこれは母の愛情の
ようには完結しない。。

言語体系があるなら。。言語
体系以前があるだろう。。言
語のない世界はしかし一般に
は現れてこない。。100人に1
理がそれを垣間見る。。

狂気か天才か。。だ。。しか
しほとんどは。。その言語は
。。社会的な論理性を持って
いない。。つまり。。社会的
には意味をなさない言語とな
る。。そしてそれはほとんど
が。。一生体系を持つことが
ない。。

母の愛情と。。父の言語。。
我は父と同一化して。。母と
の一体性から。。脱出しなけ
ればならない。。そう。。言
語は何者かを対象としている
。。それは社会的な父も同じ
だ。。欲望と言う。

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school.19.04.01.02-フロイトの父(1)

社会的な愛情の希薄が。。人を病気に
する。。あり得るが。。君はそれを母
の愛情の希薄さにいいかえる。。社会
と。。母の愛情が希薄だから病気にな
る。。

しかし。。フロイトはそうは言ってい
ない。。05才前後のエディプス期に。。
親離れが失敗すると。。将来病気にな
る。。と言っている。。

親離れできない原因が。。母の愛情の
多い。。少ない。。だろうか。。確か
にこれはあるが。。軽い神経症の場合
だと思う。。

重い場合は何か。。子の近親相姦願望
の強さ。。だと思う。。愛情の過剰が
。。精神病を生む。。近親相姦関係の
否定。。に逆らうからだ。。

母の愛を信じているから。。或いはそ
れが。。親離れの動機になる。。現実
と出会った時。。それがあるかないか
で。。将来。。病気になったり。。成
らなかったりする。。

その母を信じる度合いは。。母の愛情
の寡多にある。。母の愛情が少なけれ
ば。。心に空虚ができる。。将来その
空虚を感じ始めた時が。。病気の始ま
りだ。。

んー?!

昨日から。。少し混乱している。。

母の愛情が多くても病気になる場合が
ある。。母の愛情が少なくても病気に
ならない場合がある。。と。。おれは
思っている。。

母の愛情の元で安らげるなら。。現実
から逃げるだろう。。母の元へ。。逃
げ帰るだろう。。逆に。。安らげない
なら。。母の元から出ていく。。こと
になる。。

子が親離れするのは。。母を信じる心
があるかどうかではなくて。。母の元
での安らぎ。。癒しを求める心の強さ
にある。。となる。。

現実には。。母の元での安らぎ。。癒
し以上のものがある。。と考えざるを
得ない。。或いは。。それを禁止して
いる。。社会的に。。と考えざるを得
ない。。

母と子の一体性。。安らぎ。。癒し。。
を。。断ち切って。。現実と向き合う
動機は何か。。父との同一化。。だと
。。フロイトは言う。。

母を信じる心があったとしても。。現
実へ出ていく動機にはならない。。母
のもとで安らげるなら。。一生そこに
いればよい。。と言うことにならない
か。。

母。。或いはその代理物の元へ帰って
いく動機が。。安らぎなら。。母の元
から出ていき動機は何か。。君の理論
にはフロイトの父が欠けている。。

社会は欲望のるつぼだ。。そして人は
欲望の塊だ。。自我は自分の欲望の中
心にある。。自我の社会化とは。。欲
望の実現。。自分と社会の。。意味と
価値の獲得。。ではないのか。。

これは父の別の側面。。愛情の希薄な
社会の反面でもある。。愛情が希薄に
なった原因と同一化する必要がある。。
と思う。。そして。。そちらの動機の
方が強い。。と考える。。

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