coffee.18.07.08.01ーフロイト雑感(14)

雨。。まだ降っている。。
長いし。。凄い雨量だな。。

おはよ。。

人は理解し合えない。。例えば、君が俺を
100%近い精度で理解すれば、君は100%近
い精度で気違いになれる。。実際おれに突
っかかって来た人の何人かは精神を病んだ。
しかし理解の範囲は部分的だろう。。触っ
ちゃいけない部分、無意識だが、に触った
のだろう。。基本的に、人は喋らなければ、
何も分からない。。これは狂気からの回帰
の第一歩だ。。人は部分的にしか、それも
言語によってしか理解し合えない。。その
言語はかつては宗教的、封建的言語だった
が、いまは宗教の時代でも、暴力の時代で
もなく、科学的言語が理解の有力な手段と
なっている。数学的言語は100%近い精度
で理解し合える。。心をフロイトに習って、
意識と無意識に分けよう。。意識の中心が
自我、ego、無意識の中心が近親相姦願望、
ido、だとする。。意識と無意識の中間に
超自我、自分にとって不都合な欲望と都合
のいい欲望を検閲し、不都合な欲望を無意
識の中に閉じ込めて、記憶を無意識の中に
封印する。。言語は意識的な領域の産物だ
から、原理的にも、人は人を理解できない
となる。。無意識はカオスの海、偶然性の
系譜の支配する領域だ。。全てを理解する
ことは狂気だ。。人は人を理解し合えない
から正気でいられる。。となる。。同時に、
自我を失えば、狂気となる。。問題は、意
識の部分が消えてなくならない事だ。精神
病者は、それゆえに苦しむこととなる。。
中井久夫氏は言う。。人は狂気に陥っても
因果律を求める。自分の正気を証明しよう
とすればするほど、自分の狂気を証明して
しまう。。と。。

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