coffee.18.07.16.02ーフロイト雑感(18)

フロイトには、核と言う概念も愛と言う概念も
ない。。無意識はエネルギーを持っている。。
Fatherがそれを抑えて無意識の領域に閉じ込め
ている。。中にはFatherの眼をかすめて、誤魔
化して、無意識が意識の領域に侵入する不都合
な欲望もある。。患者は意味不明な、無意識だ
から自覚されない、言動に悩まされ、日常生活
に支障が出る。。自由連想法によってその欲望
を特定すれば、Fatherがそれを速やかに無意識
の領域へ帰す。。これは、Fatherがidoより強い
と想定している。。
自我は20才前後の10年間で肉体的自我が飛躍し
て精神的自我が確立する。肉体的自我が不安定
だと、精神的自我の確立は困難なものとなる。。
愛による救済。。何故思い付くのか。。不思議
ではある。。フロイトの愛は近親相姦を根底に
している。。ラカンは言う。。愛は不可能だ。。
或いは、愛で心を満たすことは狂気だ。。とお
れは言い換える。。母の愛が善か悪か。。だ。。
愛を善とする由来が分からない。。宗教的な愛
も命も、禁止された母への愛の代理物としての
幻想だ。。と言うことになりはしないか。。人
と人、人間と自然。。そこにあるのは愛でも命
でもなく。。ということだ。。
Fatherがidoより弱い時、心の方々に穴が開く。。
のではなく。。その穴、核だが、無意識で満た
されている。。その穴をLoveで塞げばよい。。
近親相姦願望、ido、が強ければ強いほどそれ
は困難となる。。Loveの理論はここまでだ。。
自我の芽生え、初恋、等々の現象を説明できな
い。。母の愛の否定が必要だからだ。。何故、
一体何のために。。精神病者はみんなが問う。。
心の核を愛で満たすだけではその問いに答えら
れない。。精神病者は寂しいのではない。。空
しいのだ。。そこには何もない。。理解し合え
ないから正気でいられる。。となる。。数学的
命題だけは、100%近い精度で理解し合うことが
できる。。それは母の愛情の多寡によらない。。
となる。。客観性は社会的な言語体系、Father、
の要件でもある。。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください