forced.19.04.11.02-ラカン的魔理(32)

心の中の虚無。。だよね。。愛情の
不足。。愛情の欠如。。が原因だと
考えている人は。。愛情を足す。。
愛情で塞げばよい。。と考えるから
。。虚無の中身。。病的風景には。。
興味を示さない。。心の病の原因を
。。愛情でなければ。。などと考え
ることもない。。

でも。。虚無は。。愛情の禁止でも
起こる。。母と子が一体化している
時期。。04才ころにこれが起こる。。
制度的には幼稚園だ。。母を離れて
。。子は友達と遊び始める。。

母の愛情が。。安心と安定をもたら
すなら。。一生母のもとにいればよ
い。。しかし。。子は。。母と離れ
。。別の人格。。個性へと成長して
いくことになる。。

これは逆に考えれば。。一番好きな
母との愛情を禁止された。。からと
も取れる。。禁止の根拠は。。近親
相姦のタブーだ。。母との愛情の否
定は。。心の中に。。永遠に満たさ
れない虚無を作る。。

愛情の不足と欠如だけではなく。。
愛情の禁止によっても。。心の中に
虚無ができる。。そして後者は。。
永遠に塞がることはない。。子は母
の代理物を求めて。。友達を作る。。
となる。。

近親相姦のタブーを基礎に置くと。。
心の虚無の内容が見えてくる。。そ
して。。愛情の不足。。欠如の理論
とは。。全く異なった命題を導く。。

母と子の愛情の否定の主体は父。。
社会的な言語体系だ。。ここにある
命題は父との同一化だ。。しかし言
葉の性質。。主と客を分け。。客を
否定し。。客を支配する。。だから
。。子は両親の元から離れ独立して
いくことになる。。

精神的な最初の独立。。05才ころの
エディプス期に起こるとフロイトは
言う。。親離れができない子。。エ
ディプスコンプレックスの未解消な
子は。。将来病気になる。。と。。
愛情の不足。。愛情の欠如が原因で
はない。。となる。。


 

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