psycho.18.11.09.01ーフロイト雑感(40)

青春時代の夢なんて。。後から
ほのぼの。。思うもの。。青春
時代の。。真ん中は。。道に迷
って。。いるばかり。。胸にト
ゲ刺す。。ことばかり。。♪

ホント。。20代には帰りたくな
い。。ただひたすら。。孤独だ
った。。空しくはあったが。。
寂しくはなかった。。

これは愛の欠如の表現か?。。
愛を知らない。。病的な人の世
界の表現か?。。俺には自我を
社会化できない。。道に迷った
人の。。自分を見出せない人の
。。つぶやきに思える。。道に
迷う人はたまにいるが。。その
中でも。。ほとんどの人は。。
病気。。精神を病む。。になっ
たりしない。。

逆に。。道に迷わずに。。夢を
追っかけてる人の中にも。。精
神病になる人は多い。。という
より。。そちらの方が多いので
はないのか。。ある日。。目覚
めれば。。狂っていた。。とい
う。。あの人が?。。という疑
問を残すだけだ。。しかし。。
サインは出ていたのだろうから
。。それを見逃しただけだろう
とは思うが。。

インテリゲンチャの苦悩の世界
と。。病的風景、世界、は似て
いる。。が同じものではない。。
何が違うか。。だ。。正気と狂
気を分かつものは何か。。だ。。
ゴッホは病気だが。。彼の絵は
狂気ではない。。ゴッホは狂気
の狭間に。。正気の時にしか。。
絵は描けなかった。。そして。。
描かなかった。。ニーチェも同
じだろう。。

IQ=150の私が。。偏差値75の私
が。。何故こんなことになるの
よ。。悲しい悲鳴だが。。この
病気では。。精神病。。よく聞
く話だ。。そして彼らはいつも
死と向き合っている。。自分の
兄弟。。或いは。。仲の良かっ
た友達が。。ある朝。。天井か
らぶら下がっている。。のを見
るのは。。いい気はしない。。
彼は。。彼女は。。死ぬほど苦
しがっていた。。自分の無力を
知るだけだ。。

戦うこと。。競争すること。。
は一旦止めろ。。しばらくのん
びりしよう。。自分を信じて。。
病気が回復するのをじっと待と
う。。その苦悩は。。いつか超
えなきゃならないから。。そし
て。。超えられる日は。。きっ
と来るから。。

インテリゲンチャの苦悩は革命
に至るが。。精神病者の苦悩は
死に至る。。精神的な。。肉体
的な。。自殺だ。。生きていて
も苦しいだけだから。。生きろ
。。とは。。苦しみ続けろ。。
永遠に。。ということだ。。木
村敏先生は書いている。。全て
の精神医学の書は。。統合失調
症の患者へのレクイエムだ。。

Father。。だよね。。父を殺し
て母を奪う。。できない相談だ
。。というエディプスの呪縛に
絡みつかれている。。戦っちゃ
だめだ。。父か子のどちらかの
死が待っているから。。逃げる
。。或いは。。方向転換するし
かない。。インテリゲンチャた
ちの苦悩は。。Fatherそのもの
の矛盾によって生み出されるが
。。これは逆に。。戦うしか。。
革命という。。ない。。精神病
者の苦悩は。。社会から閉じて
いる。。インテリゲンチャの苦
悩は。。社会に開けている。。

Fatherが教えてくれるものは。。
愛だけではない。。自分にとっ
て不都合な自覚されない欲望群
も教えてくれている。。戦って
いる相手は同じだ。。さて。。
転換は。。苦悩のすり替えは。。
可能か。。何故そんな絵を描き
始めたのですか?。。ピカソは
答えた。。ビルの屋上から飛び
降りるしかなかったからだ。。
ゴッホのアトリエも。。ピカソ
のアトリエも。。どっかで拾っ
てきたガラクタで一杯だったそ
うだ。。おれは。。これは。。
苦悩の転換のための。。アイテ
ムだった。。と思う。。

おはよ。。

 

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