psycho.18.11.25.02ーエディプスの呪縛(4)

人の心には。。理性ではどうしようも
ない。。愛でもだ。。力を持ったもの
がある。。本能。。情動か。。闇。。
か。。と呼ばれる。。19世紀末の芸術
家たち。。によってよく描かれている
。。人間は理性的な生き物だから。。
理性に従えば理想の世界が作れる、と
いう。。ロマンチシズムに対して。。
リアリズムと呼ばれる。。フロイトも
その流れの中の。。一つの大きな支流
だ。。

フロイトは。。ido、ラテン語、es、ド
イツ語、it、英語、と呼んだ。。実態
は。。自分にとって不都合な。。自覚
されない。。無意識の欲望だ。。フロ
イトは。。その無意識の欲望の中核に
。。近親相姦願望と。。その禁止を置
く。。エディプスコンプレックスと。。
フロイトは呼んでいる。。これが正し
いとすれば。。精神病は。。愛の欠如
ではなく。。愛の過剰によって引き起
こされることになる。。

しかし。。現在は。。フロイト要らな
い。。無意識要らない。。精神分析要
らない。。精神病は愛の欠如によって
おこる。。従って。。愛を教えればい
い。。空っぽの心を愛で満たせばよい
。。という治療になる。。もちろん反
対ではない。。認識の出発点の違いだ
けだから。。精神病者の症状はいろい
ろで。。おれは愛を欲望の一つとして
相対化しているだけだから。。ただ。。
愛が全てだという医学者には閉口する
だけだ。。愛で。。闇の力が抑えられ
るのか。。と。。単純に疑問に思うだ
けだ。。

戦後。。60年代。。には。。フロイト
が流行った。。三島由紀夫もフロイト
に耽溺している。。サルトルのマルク
スの実存的解釈をどう超えるか。。み
な。。マルクスに。。ロマンチシズム
を感じているが。。容易には越えられ
ない。。フロイトとニーチェがそれを
超える思想の基礎になった。。構造主
義という。。みな無意識の意識されな
い構造によって考えさせられている。。
理性は文化的には相対的で甲乙はない
。。どれかが正しいというものはない
。。未開人の婚姻関係がすごく高度な
数学に従っていることが証明されてい
る。。だ。。

90年ころ。。ベルリンの壁が崩壊して
。。おれはやっと。。息継ぎができた
。。60年代に。。実存的共産主義は。。
思想的には。。構造主義によって葬ら
れていたが。。ソ連も中国も存在して
いたから。。やっと自分の言葉で話し、
書くことができるようになった。。時
代はバブルの狂乱時代。。精神医学は
ユング。。その後。。現在。。アドラ
ー。。だ。。フロイトは科学的、真。。
ユングは宗教的、愛。。アドラーは政
治的、力。。かな。。どの派に属する
かは。。精神分析の研究をしようと思
えばだ。。従って。。好み、趣味の問
題。。だ。。頭ではなく。。脳も含め
た。。体のすべての細胞を使って書け
ばいい。。

ゆうぐれ。。

 

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