rain.18.10.10.02

20才の孤独な青年か。。勉強するか。。
働くか。。でなけりゃ。。病院へ行く
か。。

疑うことしか知らない。。信じること
を知らない。。愛を知らない人間。。
か。。そんな人間。。いそうにもない
が。。

愛を知らない人間も。。闇を知らない
人間もいない。。いつも。。神対応が
できる人間。。それもいない。。

愛の部分が大きいか。。闇の部分が大
きいか。。の話しだと思うが。。

懐疑の始まりは。。16才頃の超自我の
完成だ。。無意識の中に。。闇が現れ
。。闇が大きいと。。自我が闇に呑み
込まれて消える。。無意識は自覚され
ないから。。心の中の自分がいなくな
る。。これが空虚感だ。。同時に。。
懐疑の始まりでもある。。心に開いた
穴を埋めるもの。。本物を探そうとす
るからだ。。

これは容易に見つからない。。無意識
の力が強いほど見つからないだろう。。
無意識は自覚されない。。自分にとっ
ては不都合な欲望群だ。。容易には。。
この力を抑えられないから。。心の穴
は。。ふさがれない。。から。。

ごご。。


 

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

このサイトはスパムを低減するために Akismet を使っています。コメントデータの処理方法の詳細はこちらをご覧ください